宮城県山元町 2011年 起業 岩佐 大輝
株式会社GRA代表取締役CEO
PROFILE

1977年生まれ。大学在学中に起業し、コンサルティング型のIT会社を経営、受託開発などを行う。2011年の東日本大震災後に、大きな被害を受けた故郷・山元町の復興を目指しGRAを設立。イチゴビジネスに構造変革を起こし、ひと粒1000円の「ミガキイチゴ」を生み出す。

イチゴ狩りが始まったばかりの1月、宮城県亘理郡山元町にあるGRAの農場“ICHIGO WORLD”では、平日にも関わらず、イチゴ狩りの観光客でごった返していた。GRAは、岩佐さんが2011年に創業したイチゴの生産・販売を行う会社だ。スパークリングワインなどのイチゴ加工品づくりにも取り組んでいる。

IT分野で培った生産の合理化の視点とマーケティング力を農業分野に持ち込み、事業を急拡大させた岩佐大輝さん。岩佐さんは、地方でビジネスを成功させるためには「地域社会の保守性に取り込まれずに、オリジナリティを保つこと」が大事だと強調する。

震災がきっかけで繋がった「ITビジネス」と「イチゴ農家」

岩佐さんは宮城県山元町出身。高校卒業後上京し、24歳の時にITソフトウエア開発とコンサルティングの会社を立ち上げた。その10年後の2011年、東日本大震災で、岩佐さんの故郷・山元町も大きな被害を受けた。

震災後、すぐに山元町へと駆けつけた岩佐さんは、ボランティアとして泥の掻き出し掃除をするうち、被災したイチゴ農家の手伝いをすることになった。岩佐さんは祖父がイチゴ農家で、小さい頃からイチゴの生産には親しんでいた。

「自分が生まれ育った場所が震災で傷ついている…そういう現場を見ているうちに、自分に役に立てることがあったら何かやりたいと思うようになりました」。

「自分たちでイチゴを作ってみたら、もっと理解が深まるんじゃないかっていうことで、何人かでお金を出し合って小さいハウスを作って、イチゴを作ったんです」。

その時の発見が、岩佐さんの起業につながった。

「農家さんがかなり感覚的に農業をやっていたんですね。何でこのいちごは甘くなるのか、何で甘くならないとか、酸っぱいんだとか、そう色々聞いても、ふわっとした回答しかこなかったんですよ」

「私がいたITの世界は、何が原因でどう上手くいかないのかという因果関係が数字レベルでわかるような世界だったので、その意味では、かなり農業っていうのは違うなと思いましたね。それがひとつの魅力である反面、もうちょっと再現性が高い、ある程度のことまでは定量化できるような農業をやると、今までにはなかったような、いわゆるPDCAサイクルのような、毎年改善をして進化していくようなスタイルができるんじゃないかと思いました」

農業の分野にITとビジネスの視点を導入

岩佐さんがまず取り組んだのは、農家の勘と経験に支えられたイチゴづくりのITによる機械化と合理化だ。温度・湿度・CO2、肥料の濃度、日射日照量、風の向き強さなどをセンサーで測り、イチゴにとって最適な環境を自動的に実現。収穫以外はほぼ全自動で物事が進む環境を作り、そのデータを週に1回持ち寄って、栽培責任者全員が集まって議論し、改善プロセスにのせていく、という体制を整えた。

次に取り組んだのは、イチゴの新しいブランド作りだった。イチゴづくりが盛んだった山元町だが、起業当時は全て「仙台いちご」として売られていたという。同じような売り方では、山元産イチゴの価値は認められず、再び低価格競争に巻き込まれてしまう。そこでGRAは、「ミガキイチゴ」というブランドイチゴを作り出した。コンセプトは「食べる宝石」。選び抜かれた高品質のイチゴは1粒1,000円で販売される。こだわったのは、「脱・コモディティー化」と「脱・作り手目線」だ。「コモディティー」とは、どのメーカーを選んでも大差ない、いつでも手軽に購入できる商品のことだ。ミガキイチゴは、「ストーリーを売る」ことで逆を目指した。

「農家が農家としてものづくりをしようとすると、どうしても売り方も農家の視点になっちゃうんですよね。私は、農業というものを、作り手ではなく、消費者の側から見ている時間のほうが長かったですから、『消費者』というのは何を求めているのだろう、と考えました」。

地域で起業する鍵は「オリジナリティ」を維持すること

震災後、独自の発想と手法で、東北の農業に新しい風を吹き込んだ岩佐さん。岩佐さんから見て、震災後に今でも活躍しているのは「地域に迎合するのではなく、自分が持っているものをそのまま地域の中で、オリジナリティを持って出せる人」だという。

「地域の中で、その地域の人になろうとし過ぎると、自分の個性もなくなって、地域の人に遠慮してしまうし、地域の人も遠慮してしまう。東北は保守性が強い場所ですから、自分のオリジナリティを地域の強い保守性に食われないようにしないといけない。東北とか地方で起業するんだったら、それがすごく大事なことだと思いますね」

岩佐さんが東北という場所で起業しようとする人にアドバイスするのは、「自分の好きなことをやってほしい」ということ。そして、「東北の優位性を活かす」ということだ。

「どこの地域でも出来るような誘致型の産業をもってくるべきではないと思います。地域を活かして新しい地域資源を作り出すということができれば、東北での起業は面白いと思う。そして日本にとどまらず、世界の中で自分たちの地域、会社がどういうポジショニングにあるかを見ていくのが重要ですね。小手先に走らず、ビッグビジョンでやりましょう」

 

PROFILE

1977年、宮城県亘理郡山元町生まれ。農業生産法人 株式会社GRA 代表取締役CEO。
大学在学中の24歳の時に起業し、コンサルティング型のIT会社を経営、受託開発などを行う。

2011年の東日本大震災後に、大きな被害を受けた故郷山元町の復興を目指しGRAを設立。先端施設園芸を軸とした「地方の再創造」をライフワークとするようになる。イチゴビジネスに構造変革を起こし、ひと粒1000円の「ミガキイチゴ」を生み出す。現在日本およびインドで6つの法人のトップを務める。

著書に『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』(ダイヤモンド社)、『甘酸っぱい経営』(ブックウォーカー)、『絶対にギブアップしたくない人のための成功する農業』(朝日新聞出版)がある。

『絶対にギブアップしたくない人のための成功する農業』

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