青森県八戸市 2012年 起業 岡本 信也
株式会社アイティコワーク取締役
PROFILE

1978年生まれ。青森県南部町出身。宇都宮大学機械システム工学科卒業後、2001年に青森県八戸市の株式会社サン・コンピュータ入社。転勤後の10年間を東京で過ごし、東日本大震災を期に再び八戸市の本社に戻った。2012年独立し、株式会社アイティコワーク設立。厚労省認定の「ITマスター」として、地元の高校でも授業を受け持つ。

青森県八戸市で、業務システムやアプリを企画・開発するIT企業「株式会社アイティコワーク」を立ち上げた岡本信也さん(39)。クライアントのほとんどが東京の企業でありながら、地元・八戸市に本社を置き事業を展開する背景には、「ITで地元の地域課題を解決することが自分の使命」なのだという強い思いがある。

震災をきっかけに目指した「世の中に役立つIT

電線の確認作業をする際の作業員向けタブレット端末アプリや、高速道路の料金所を強引に突破した車を検知してすぐに情報共有できるアプリ、営業マンが効率よく客先訪問することができるアプリ…。アイティコワークは、業務効率を改善するシステムやアプリなどを企画・開発する青森県八戸市のIT企業だ。

取締役を務める岡本さんは八戸市の隣町、青森県南部町の出身。大学卒業後八戸市のIT企業に就職したが、入社後1年ほどで東京の支社に転勤となり、東京で10年を過ごした。再び地元に戻ってくる決心をしたきっかけは、2011年の東日本大震災だった。

「ちょうどその頃はソーシャルゲームがすごく流行っていた時期で、私もその開発に携わっていました。震災で世の中が大変なことになっているのに、自分が仕事として関わっている業務の内容と現実のギャップが激しくて…。もう少し、ITというものを世の中に役立てるものに使いたいという思いが強くなってきました」

会社に頼み、再び勤務地として地元の八戸市に戻ると、転機が訪れた。会社が震災後の緊急雇用創出事業でIT技術者の人材育成研修をしており、研修を終えた人材の雇用先となる企業を新たに立ち上げようとしていたのだ。岡本さんは新会社の立ち上げメンバーに手を挙げ、2012年に起業することになった。

「社内ベンチャーのような感じでやれるのかと思っていたのですが、『それだと勉強にならないから』と当時の社長に言われ、思いがけず会社を辞めて独立という形になりました」と岡本さんは笑う。

起業後は顧客の新規開拓に奔走した。八戸から高速バスで片道約10時間かけて東京へ通い、営業をして回った。今では顧客のほとんどが東京の企業だが、岡本さんは「ITは地方との相性がいい」と話す。ITシステムの開発という業務の特性上、打ち合わせから企画開発、納品までをすべて遠隔で完結でき、遠さが不利に働く場面があるとは全く思わないという。

農家の長男が「IT」で地域の農業に貢献

東京の顧客を多く抱えながらそれでも「八戸」に本社を置き、地元での拡大をめざすのは、「これまで学んできた技術を、地元の地域課題の解決に活かすことが自分の使命だ」という強い思いがあるからだ。岡本さんは、地元の人々の暮らしや働き方をよりよくするようなITシステムやアプリ開発にも取り組む。その一つが、道の駅や産地直売所専用のPOSレジ「アグリレジ」だ。

「農家の長男なのに、跡を継がずにIT業をやっているという後ろめたさも少しはあったと思います。でも、今の自分の立場だからこそ農業に貢献できることがきっとあるだろうと思い、ITで何か問題を解決できないかと、農家さんの会合に顔を出して課題などを聞き取っていました」

その中で見えてきた課題のひとつが、産地直売所でのレジ作業だった。産直では農家の人が自分でレジ作業や在庫の管理をしなければならない場合が多く、レジの操作が苦手な農家の人も多い上、商品の補充のタイミングがわからず、各農家が空いた時間に売場まで足を運んで、目視で補充の判断をするしかなかった。

 

そんな課題を解決しようと岡本さんらが開発したのが、「アグリレジ」だ。タブレット上のレジにすることで、必要最低限の機能をもった分かりやすいレジ画面を可能に。農家の人には定期的に売上状況のメールが届くため、畑や家などの遠隔でも売場の農作物の補充のタイミングが把握できるようになり、わざわざ売り場まで行って確認する手間をかけなくてすむようになった。

 

「産直のIT化」は、思わぬ副産物をもたらした。「何がどのくらい売れたのか、毎日定期的にデータが送られるようになったことで、農家さんもそのデータを基に色々考えるようになったんです。例えば、これは10個入りよりも3個入り商品にした方が売れ行きがいいようだ、などの工夫を自分たちで考えるようになる。自分たちもそこまで想像していなかったけれど、仕組みを変えることで考え方も変化したのです」

この他にも、青森県内の市町村ごとの「ゴミ収集日」を通知するアプリを開発しているほか、車移動が多く、運転代行の需要も大きい青森で、スマホ1台で支払いまで完結できるような『運転代行アプリ』を開発することなども計画しているという。

 「学んだことを地元の若い世代に伝えることが自分の役割」

「東京には色んな仕事がたくさんありますが、この仕事は自分じゃなくてもいいかな、と思うことが多かった。でも地元では、これは自分がやらなければいけない、という気持ちがすごくあります」

そう話す岡本さんが今注力しているのは、地元の人材の雇用だ。一昨年から新卒採用を始め、地元の高校生や大学生を積極的に採用。「高卒でもIT技術者になれるということを証明したい」と、高卒で新卒採用した社員は、今や新入社員を教える側になるほど成長している。

「地元がなるべく衰退しないように、新卒採用して、これまで自分が色々教わってきたことを次の世代へ伝えていくことが、自分の役割だと思っています」

農家という環境で育ち、農業に対して自分が今の仕事を通して還元していくこと。次の若い世代に、自分がこれまで教わった技術を伝えていくということ。その結果、地元がもっと活性化すること。「それが自分の役割なんだと意識できると、自ずと今やるべきことが見えてくる気がします。そうすると、多少辛いことがあっても、踏ん張れる。お金稼ぎのために起業するということでも構わないと思いますが、起業する人は、何か揺るぎない興味や意識というものがベースにないと、辛い時にクシャッとすぐ崩れてしまうのではないかと思います」

今も東北の起業家のコミュニティに所属し、毎月情報共有や意見交換をしているという岡本さん。身近な場所に起業家仲間がいることで刺激を受けた経験から、Tohoku Rebuildersプログラムでも青森県から起業家を目指す参加者の支援に積極的に関わっていく予定だ。

「一社でできることというのは限られているので、できるところ、できないところを協力し合いながら成長していくことができればいいですよね。ライバルというよりは、切磋琢磨していく同志。ITは東京などの『外貨』を獲得できる仕事でもあり、仕事は無限にある。同業者であっても、むしろどんどん八戸に来て欲しいと思っています」

PROFILE

1978年生まれ。青森県南部町出身。宇都宮大学機械システム工学科卒業後、2001年に青森県八戸市の株式会社サン・コンピュータ入社。転勤後の10年間を東京で過ごし、東日本大震災を期に再び八戸市の本社に戻った。2012年独立し、株式会社アイティコワーク設立。厚労省認定の「ITマスター」として、地元の高校でも授業を受け持つ。

INTERVIEW他のインタビュー

  • ITで地元の地域課題を
    解決することが自分の使命
  • 地域に迎合するのではなく
    オリジナリティを保つ
  • 地方ではいざという時に頼れる人の数が違う。
  • 鶴岡に来たことが
    一番正しい経営判断だった

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